みなさんはお祭りは好きですか。地元の夏祭りや、イベントでの祭り、ただ騒ぎたいから祭りと称して集まるとかいろいろあります

。私は地元で古くから続いている伝統的なお祭りで、友達と初めての体験をしたことで、普段の娯楽などとは、ちょっと違った楽しむことができました。

私は若い頃は実家を離れて都会で仕事をしていましたが、家庭の事情で実家のある現在の場所に戻ってくることになりこちらで生活をしております。

私も学生の頃までは地元でしたが、都会で仕事をしてからは地元に一度も帰ってきませんでした。そんなある日の事、学生時代の友達がふいに訪ねてきたのです。

友達の話では、来月最初の日曜日に地元のお祭りがあるので、私にも参加しないかを聞いてきたのです。

私は地元に祭りがあった事は、今日初めて聞き驚きました。友達によると昔から祭りはあったらしいが、私達の子供の頃は、部活や勉強が忙しく当時の子供はほとんど参加せず、大人達だけでやっていたらしいのです。

現在もほとんど子供は参加せず大人ばかりでやっているようで、私はその時は変わった祭りだなと思いました。

友達の話では当日の朝8時から準備があるので近所の公民館に集合してくれと言われ、私は了承して祭りに行くことにしました。祭り当日の朝に行くと地元の大人たちが100人近く集まっていました。

全員が揃ったのを見計らってリーダーらしき人が、作業の班分けと、作業内容をみんなに話します。

作業は大きく分けて3つ、祭り用の笹竹を山に獲りに行く班、シデという神社のしめ縄にしめこまれている紙を作る班、わらで縄を編む班です。
私はシデを作る班になり、友達と作りました。最初は簡単そうに見えましたがやってみると意外と難しいので、だんだんはまり面白くなってきて、友達みんなで競争して作りました。

最初は下手でしたが、数をこなすうちに要領を得て上手くなったので、友達たちは私の周りに集まり、作り方を習いにくるので、私は久々に自分が主役になれた気がして嬉しくなりました。(*^。^*)

そしてシデもみんなで競争して作ったので相当な数が出来ました。他の班も作業が片付いているので、全員で地元に祀っている神社に行き、友達みんなで飾り、その後全員で食事会をすることになり、久々にあう友達も多く昔の話や今の生活の話を辺りが暗くなるまで続け、最後まで笑いの絶えない子供の頃に戻ったような楽しい時間を過ごすことができました。

大人しか参加しない理由は日頃生活で忙しい大人に子供の頃にかえって遊んでほしいということだと気が付きました。次回もこの祭りがあれば是非参加しようと思います。

 

私は高校で二年生の担任をしていたことがあるのですが、2学期になると柔道が始まります。

そして柔道が終わると、柔道着が教室に溜まります。生徒は持って帰らないものが多くて困っていました。

何か良い処理の仕方がないものかと考えていた時に、あるNPO法人が講演でやってきました。

話を聞くと、発展途上国では毛布が必要だとのことでした。それで後から、柔道着はどうなんですかねと尋ねると、持ってきてもらえたら外国に送りますよ、とのことでした。

それで早速その日の夕方に柔道着を車に積んで持っていきました。これで教室が広く感じられるようになり、よかったなあと思っていました。

そして何の気なしにテレビでニュースを見た時のことです。東ティモールで暴動が起きている場面が映像で流れていました。

雇用者側が、労働者を低賃金で雇っているので、それが原因で暴動が起きているということでした。

NPO法人は東ティモールのコーヒー農園でフェアトレードを実施しているとのことでした。その事件はニュースで10分くらいの特集をしていました。

暴動が起きている村は、さすがに機関銃やマシンガンで武装しているわけではありませんでした。石を投げたり、鉄の棒を投げたり、非常に原始的な民衆蜂起でした。

そして私はある人に目が釘付けになりました。どうしてかと言いますと、ある男の人が柔道着を着て石を投げているのです。あんな赤道に近い島国で生活しているのに、柔道着なんか着て、暑くないんだろうかと不思議に思っていました。

しかも石を投げるということは一種の運動のようなものです。わざわざ柔道着を着てまですることじゃあないよ、と疑問を抱いていました。

そしてその場面は終わったのですが、後から気になり始めたのです。あの柔道着はもしかしたら、私が寄付したものなのではないかと。

録画をしていたので、その男の人が石を投げるところをスロー再生でじっくり見ることにしました。なんと左の胸の部分に油性マジックでうちの高校の生徒の名前が書いてあったのです。

柔道着の名前のことなんかフォーカスされることはないと思いますが、何だか複雑な気持ちになってしまいました(笑)