糖質制限食の難しさ

糖質制限食の難しさは、開始した日の昼からすぐ直面した。糖尿病が発覚する前、私か自宅にいる際は、パスタか信州そばなどの麺類、あるいはマルちゃんの蒸し焼きそばをどちらか作って食べるという生活をしていた。

糖質制限食を始めた当初は、一日三食キチンと食べなくてはならないという常識にとらわれていたため、午前11時頃から自分で昼食の準備をしようとしたが、さて、何を作ればいいのか分からない。麺類と朝食ぐらいなら執筆の合い開に調理していた自分には何も作るものがないことに気付き、愕然とした。パスタ類や乾麺のそば類が保管してある戸棚を開けても食べるものがない。素麺もビーフンも駄目である。

かといって、最初の日からダウンしていては何もならない。そこで、豆腐があるのを思い出し、韓国料理にあるジョンを作った。これは卵を割りほぐし、塩を少々入れて、豆腐のサイの目に切ったものを混ぜ、ゴマ油をフライパンに引いて両面焼く、これとソーセージがあったので、5~6本まとめて焼いて昼食にした。

そしてまた読書と散歩である。歩きながら何とか3週間前後で体重を減らしてやるうと思った。ところが当初は、血糖値を下げる薬を飲んでいたため、散歩する午後2時頃になると低血糖症状を起こし、しばらく座って動けなくなるほど気分が悪くなった。

やはり、糖質制限食は身体に悪いのではないかという不安がふと頭をよぎった。だが、江部医師と作家の宮本輝氏の対話本「我ら糖尿人、元気な理由」を読むと、宮本氏が低血糖状態をしのぎにしのいで糖質制限を続けたという下りがあった。これを読んで、なるほどそんなものかと耐えるだけ耐えた。時には、吉村と二人でスーパーに買い物に行った午後、私が店内で動けなくなり、店のベンチに座り込んだこともよくあった。

吉村もそんな私を見て心配の余り、血圧が上がって夫婦で入れ替わりに病院通いをしたこともあった。

夜は、「満腹ダイエット」というムックにあった「厚揚げのたらこマヨネーズグラタン」を吉村が作ってくれ、私は「厚揚げたっぷりサラダ」を作った。他に家内が野菜スープを作ってくれたが、既に昼食にも豆腐を食べているので、せっかく作ってくれたのに殆んど食べられない。やむなく最初の夜は、野菜スープだけ飲み、焼酎のお湯割りを飲んで寝だ党えがある。

これが記念すべき「糖質制限食第1日目」だった。